こんにちは。BeBRAVE.Sビーブレイブエスの明正明美(みょうしょうあけみ)です。
昨日の朝と今日の朝、まだ暗いなか東の空によく研いだ鎌のような三日月がくっきりと見えました。
短い冬も終わりそうです。今では冬は唐突に終わり、春の歓びも束の間、また身の置きどころのないような酷暑への前奏曲が始まります⋯
何十年も続く暖冬のなか、今年は珍しく雪が居座りましたが、積雪は「何かをしない、先延ばしにする」ための格好の言い訳になっていました😓
こうやって雪がなくなってくると言い訳も苦しく、かといって重い腰はなかなか上がらずです⋯
新しく始めたことはバッハのピアノ前奏曲(35小節しかない、プロが弾けば2分足らずの短い作品)を練習し始めたことぐらいです。
2年前お金に窮して手放したアップライトピアノですが、寂しく感じたのはほんのしばらく、代用の電子キーボードを出してきましたが、触れることも数えるほどしかなく、2年近く放置されたままでした。
書店で「ピアノが弾けるようになる本」をなんとなく手に取り、パラパラ立ち読みして衝動買いしました。
家に何十冊も教則本他多くの楽譜本があるのに、なぜ今さら「初めて本」をわざわざ買うのか。(楽譜は本のカバーの裏側に印刷されているものだけです)
「ピアノを弾くことに何の意味が、どのような意味があるのか、なぜピアノを弾くのか」を著者が書いていて、それはこの本を買って、ピアノに向き合う理由として十分に納得できるものであるばかりか、弾きたい!ピアノを弾きたい!と、強く思ったからです。
ピアノに向き合う時間(著者は1日45分を推奨しています)を創造的な活動の時間というのは少し気負い過ぎかもしれませんが(著者はそう言っています!)、少なくとも、SNSを見たり、動画を見たり、ニュース番組をキャッチしたり、テレビなどの広告を辛抱強く待ったりする必要はないのです。
それだけでもピアノを弾く時間には価値があります。
集中して「何か」をすると、とても充実します。それが何を生み出すのかは知りませんが。大量のものやサービスを消費せずには生きられないのが現代です。消費を止めた途端に満たされなくなるのではないかという恐怖に支配されていますが、とめどない消費が安心を生み出すかというとそうでもなく、なぜかさらに不安になります。もっともっとと渇望し、駆り立てられるのが現代です。
そこから少しでも逃れることができるのが「便利な機器に背を向けて、創作に没頭すること」かもしれないと思いました。少なくとも、ピアノにイラつき(正しい指使いでつまずかずに弾きたいのに弾けないのです😈)何度も何度も同じ小節をがまん強く弾いている間は「なんとなくの不安」や「なんとなくの焦燥感」からは逃げることができます。
これからの時期は季節の変わり目と年度の変わり目のダブルで、心身が不調となりやすいです。ピアノでもオカリナでも、楽器でも工作でも編み物でも、何でもいいのです、世間から背を向けて何かに没頭しましょう!
春です!




