こんにちは。BeBRAVE.Sビーブレイブエスの明正明美(みょうしょうあけみ)です。
昨日は東日本大震災から15年の日でした。私は当時老人ホームに勤務しており、ちょうどおやつタイムのときでした。震源地から遠い北陸地方でさえ、長い揺れだな、大きいなと感じたのを覚えています。
私が勤務する施設からもボランティアとして数人が被災地に入りました。帰ってきてからの報告のときには、いつもは冗談ばかり言ってふざけている職員が、被災地で見た光景に言葉をなくして、どう報告していいのか考えあぐねている様子でした。
多くの人が津波によって亡くなりました。想定をはるかに越えた津波の高さだったからです。3〜4階建ての建物の屋上に避難して津波に呑み込まれた人も多く、大川小学校では児童職員ともに、なぜか川の方に向かって避難してしまい、ほとんどの方が亡くなり、長い裁判の末に2019年に遺族側が勝訴しています。ドキュメンタリー映画にもなりました。

人の行為・行動を後から、間違っている、愚かだと断ずることは簡単ですが、自分ならどうしたか、そう問われたら、明確には答えられません。
先日新聞で当時中学生だった女性の震災の時のインタビュー記事がありました。
震災当日校長先生は不在だったそうです。副校長は校内放送で避難について知らせようとしたけれども電気系統は故障してしまいできませんでした。生徒たちは教職員の指示を受けることなく、自主的に校庭に集まり整列していたところ、ある教員が「点呼はしなくていい!時間がない!!すぐに各自逃げろ!!」と叫びながら走ってきたのです。
生徒たちはてんでばらばらに指定されている避難場所に逃げました。そこは避難訓練のときに行った最終避難場所でした。しかし、生徒たちは聞こえてくる音から、おかしい、何か尋常ではないことが起きていると直感し、更に高台のほうに向かって走ったのです。指定避難場所に津波が押し寄せたのは数分後だったとのこと。
地震から津波まで約50分。どこに避難するかの判断が生死を分けました。津波に流されながらも、なんとか助かった人もいます。津波が来るとわかっていながら他の人を避難させるために亡くなった人もいます。家族の身を案じて逃げ遅れた人もいます。
津波てんでんこ。津波が来たらとにかく一人ででも逃げろという言い伝えです。
私たち日本人は整然と整列して物事をすすめることを得意とする面があります。人の指示を聞き、規則を守り、周りの行動に合わせて場の空気を読みます。
てんでんこが時に大事とわかっていても、すぐには、とっさにはできません。
子どもたちは親など大人が、危ない!止まれ!と言えば従わなければいけません。なぜなら、それが子どもの命を守る命令だからです。しかし、そうではないときもある。大人が誘導するところへ行ってはいけないこともある。みんなでいっしょがいいときもあるし、ひとりがいいときもある。それはその子ども自身が成長の過程で学んでいくしかないことです。
子どもには考える機会を与えてください。意見をきく「ふり」ではなく、本当に聞いてください。年齢に応じてテーマはいろいろあります。年齢に応じてガチ討議して下さい。親はいつでも子どもを守れるわけではないのです。
大川小学校の児童のなかには、先生そっちは危ないよ、山に逃げようよと訴えて、単独で山に逃げて助かった子もいます。
「生きる力」と簡単に言いますが、ことは簡単ではありません。毎日の実践の積み重ねでしか身につかない力です。そして、それは学校まかせでは身につきません。




