夏の終わりに哲学してみよう!

こんにちは。BeBRAVE.Sビーブレイブエスの明正明美(みょうしょうあけみ)です。

すっかり暑さが和らぎました。

残暑はあると思いますが、朝夕は涼しすぎるくらいです。神経をマヒさせるほどの猛暑は各地のゲリラ豪雨と、それに伴う浸水被害などと引き換えに終わりを迎えたようです。

猛暑と大雨に苦しんだ人たちがいるのです。その原因は私たちすべてであり、他人ごとではないのです。

先日ようやく、通信教育のレポート4つを大急ぎで書き上げて送信しました。科目は哲学です…

なにもひまに飽かせて哲学などを学んでいるわけではないのです(笑)

法学部なので必須ではないのですが、履修の関係で学ぶことになってしまったのです。

レポートのテーマはそれぞれ、「哲学者とはどういう人をいうのか」「ソクラテスの”死を恐れてはならない”とはいかなる意味か」「私とは何か」「生命のリズムについて」です…しかも、どれも、自分の考えを自由に述べよ、です…2000字も。

苦しかったのですが、こういったテーマを考えることは、目の前の日常へのいろんな疑問を喚起させることであり、現状に埋もれ切って、かつ現状から目を背けて逃げ腰の自分には有意義な取り組みでした。

昔々の人たちは、自然現象から哲学を考えたのです。

なぜ雨が降るのか、なぜ夜と昼があるのか、火とは何か…といったかんじです。

これほどの猛暑がなぜ起きるのか、1年分の雨がなぜ数時間で降ってしまうのか、なぜ土砂崩れが起こるのか…原因を究明していくと、人間の経済活動に行きつくことが多いのです。

多くの学問の基礎には哲学があるようです。

なぜロシアとウクライナは戦争をしているのか、なぜ世界はそれを止められないのか、なぜ議論は見当違いのものに逸れてしまうのか…根底には哲学の問題があることがわかります。

久しぶりに、哲学者故池田晶子さんお「14歳からの哲学」を書棚から出してきて目を通しました。

自分とはだれか、死をどう考えるか、心はどこにある、人生の意味、存在の謎など、30のテーマで優しく(易しくではなく…)、語りかけるように書いてある本です。

入門的な本なので、通常の哲学書のように、難解な語句は使われていません。ロゴスとか命とか、イデアとかの専門用語は使っていなくて、わかりやすい言葉では書かれているのですが、要領よくコピペでまとめてやろうとしてもうまくいかないのです。

なぜなら、考えることを求められているからです。

誰かの考えやアイデアを借りてきて共感するのではなく、正しいってどういうことだろう、この世界は自分が死ぬと消滅するのだろうか、それとも自分とは関係なく世界は存在しているのだろうか、存在って?など、自分で考え抜くことを池田さんは14歳以上の人に求めているのです。けっこうハードな本といえます。

でも、この本のおかげでレポートを書く勇気と元気がでました。

西洋の哲学者の考えを網羅したり、哲学者の難しい名前や学説を暗記することが哲学ではないとわかれば、むやみに哲学を恐れることはありません。哲学は学者がやるもの、変人がやるもの、気難しい人間がやるもの、カッコつけてやるもの…ではなく、日常の当たり前と思っていることを疑うことが哲学なんだとわかった、というか、池田さんの本で思い出して、気分が晴れました。

哲学恐るるに足らず。といっても、いきなり西田幾多郎とかはダメです(笑)すぐ近くに、西田幾多郎記念哲学館がありますが、いきなり難解なんです(笑)

西田幾多郎はその生涯とか家族とか、交友関係とか、そういった周辺からじわじわいくのがよさそうです。善の研究とか読んでもまずわからないので…読むこと自体超絶困難です…

哲学館には図書館があり、哲学書の入門的なものの他、思想に関する本もあります。哲学館そのものは、建築家の安藤忠雄が設計しており、ユニークな鉄筋コンクリです。京都の哲学の道を模した散歩道もありますので、一度訪れてみるといいですよ。高台にあるので、夜は夜景がきれいです。これからの季節は、哲学の道は萩で彩ります。

暑くて眠れず、朝3時に目覚め、夜空の星や月を眺めながら、コーヒー豆をミルで挽く日々が去って行こうとしています。でもこの月や星はソクラテスやプラトンも眺めていたものだと考えるだけでうれしくなります。

涼しくなると夏の疲れがでますので、みなさん、体調には十分気を付けてください。