時間はお金で買える?

こんにちは。BeBRAVE.Sビーブレイブエスの明正明美(みょうしょうあけみ)です。

ソメイヨシノは葉桜となり、田んぼの準備が始まるとカエル🐸の鳴き声が聞こえてきます。それでも地球はまわっているではありませんが、自分の心の動きなど無頓着に自然はめぐっているのですね。

数日前の朝刊の記事から話題をひとつ。

「幼児食、少子化でも新商品続々」の見出しで次のような記事が出ていました。

幼児向けの弁当用冷凍おかずセットや、保育園でのおかずの無人販売サービスなど、1〜6歳頃までの幼児食を手軽に用意できる商品やサービスを、食品メーカーが相次いで投入している。

少子化で子どもの数自体は減っているが、共働き世帯の増加で食事の準備は短時間で済ませたいというニーズが高まっていることに対応。時短といえども、彩りや栄養バランスに配慮した商品が人気、とのことです。

 

このような商品は多くの保護者にとって強力なお助けだと思います。

この新聞記事を読む前にブログサービスnoteで、男性保育士の方が、とにかく現代の親たちは共働きで忙しく、時間という人質を子どもに取られている状態、だから子どもの言うことを聞かざるをえない⋯というようなことを書いるのを読んで、確かに実感としてそうだろうなと思ったのです。

https://note.com/back_hoikushi/n/n193f2ffcadca

では、共働きではない世帯、お母さん(もしくはお父さん)がお家にいるご家庭は忙しくないのか、時間はあるのかというと、そうでもないというのが私の実感です。

共働きによって子育て世帯が忙しく時間がないのは一面においてそのとおりなのですが、むしろ現代のあり様、人間社会のあり様、人の生き方が「時間を失わせている」のだと思うのです。

はぁ〜?なに曖昧な抽象的なこと言ってんの〜ですか😅

ずいぶん昔の作品ですが、ドイツの作家ミヒャエル・エンデの「モモ」はまさに現代の時間ドロボーのお話です。有名な作品ですからほとんどの方が知っていると思いますが、本を読んだことありますか?読むヒマなどありませんよね!!

 

朝刊記事には次のような内容も。

弁当は周囲の目を気にすることもある。共働き家庭を中心に、「お金で時間を買う意識で、子どもと向き合う時間を増やしたいという価値観がある」

周囲の目を気にする⋯まさにそのとおりなんです。栄養云々以上に大事なのが見栄え、インスタ映えよりも厳しいのが周囲の目です。私自身保育士時代経験しています😓

お金で時間を買う⋯これは一見合理的で賢い選択に見えますが、はたしてそうなのか?時間の本質とは何かを自分なりに考えてみないと判断できない価値観だと思います。私はお金では買えない(経済の尺度では測れない)のが時間だと思います。お金で時間が買えるならAIどころの話ではありません。

朝刊記事には利用者の声もありました。

子どもとスーパーに行くと、買い物に2~3倍の時間がかかる。保育園で買えるのはありがたい。家に帰ってすぐに食べさせられる。とのこと。子育て中の方、かつて仕事帰りにスーパー、保育園経由で帰宅し料理した経験のある方なら、わかる!だと思います。(私もでした⋯)

ただ、今なら思うのです⋯なんで自分一人で、せななりません育児&家事をしてたのか?それはしなくてはいけない家事だったのか?と⋯

みなさまはいかがでしょうか⋯?

私、もしお金で時間が買えるなら、過去に戻って買い戻したい時間があります。時間配分を変えたいとこあります。でも、それはできません。仮にできたら目の前の現実はありません、たぶん。

時間とお金は交換不可です。買ったつもりの時間はお金ではなく、代償不可能なものと入れ替わっています。死神との約束のようで不快ですか? 

時間はとめることができません。おとぎ話やアニメの世界ではとまっている間に面白いことやってますが⋯