食事のマナーはとっても大切なこと。でも、もっと大切なことがある。

こんにちは。BeBRAVE.Sビーブレイブエスの明正明美(みょうしょうあけみ)です。

 

今日は料理と幽霊のコラボライトノベル(私の造語です)をご紹介します。

アルファポリス文庫の『谷中・幽霊料理人 お江戸の料理作ります!』です。

江戸時代終わりごろ、江戸の谷中で定食屋をやっていた惣佑(そうすけ)はある日突然殺されてしまって以来、160年も同じ場所に幽霊としてとどまり続けています

幽霊が見える体質の咲(さき)と出会ったことで、自分では作ることのできない料理を咲を通して作ったり、咲にくっついていろんな調理場を見学したりして令和の時代を満喫しています。

ある日、里芋の煮っころがしを食べようとした咲が、箸でうまく芋をつかめずに、落っことしてしまいます。

箸の使い方ができていないことで咲はしょげますが、惣佑は、こともなげに言います

 

里芋はつるつる滑るからなぁ。掴めねえなら無理して掴むこたぁねえ。箸で刺すなり何なりして口に放りこみゃあいい。俺の店に来た客もそうしてたぜ。

 

咲はびっくりしました。江戸時代の人はみんな箸の使い方がうまいのだと思ってた!でも実際はそうでもないのかと。

 

(惣佑)俺たちみてぇな町民が気取る必要なんかねぇからな。巷じゃ「重箱の 隅でとどめを 芋さされ」なんて歌が流行ったくれぇだ。…箸で刺すなんて褒められたことじゃねえが、お大名が集まる席じゃねぇんだぜ?行儀がどうとかより、食って美味きゃそれでいいなじゃねぇか。

 

惣佑は江戸時代の階級社会の最底辺である町民の立場で正直に言っているだけです。

階級は今の時代にはありませんが、惣佑の言っていることは、食事マナーに限らず、なかなか含蓄があります。

この本の中には、代々医者の家庭に生まれ、エリート意識の強い女性が、子どもに食事作法を厳しくしすぎて、拒食症になってしまう男の子が出てきます。

その女性の結婚相手、男の子の父親はごく普通の家庭に育った人ですが、厳しいしつけに口を出すたびに妻から、「エリートじゃないあなたにはわからない」と言われます。

江戸時代の武士さながらに体裁を重んじる(気にする)虚栄心の強い女性だと思います。

分不相応な自意識とは本人は気づいていないのです。

食べ方がきれいなのに越したことはありません。汚い食べ方がよくないのは当然です。だけど気取る必要はないのです。ましてや、虚栄心でマナー云々を言う必要などないのです。

惣佑の言葉は、SNSという世間に縛られた今の時代の私たちに、肩の力を抜いてもいいんじゃないかと教えてくれているようです。

 

もっともこの本には、そんな道徳じみたことは一切書いてありませんので、関心のある方は安心して気軽に読んでみて下さい。

 

ところで、惣佑がこんなにも長くこの世に幽霊としてとどまっているのにはわけがあるのです。

惣佑は夕日屋という名前の定食屋を営んでいた調理人ですが、幕末の物騒なころ辻斬りが多く(通り魔みたいなものです)店を出たところを切りつけられたのですが、そのとき恋人のお夕(だから店の名前が夕日屋なんですよ)をかばって切られたのです。即死だった惣佑はお夕が無事かどうかそれだけが心配で心残りだったのです。咲との出会いを通して昔の書き物からお夕が無事であることがわかりました。心残りのなくなった惣佑は成仏…するかと思いきや、「鯵の南蛮漬けを指南するまでは成仏できねぇ!」とか言って、残っています…

幽霊の惣佑が作る料理(作ってるのは咲ですが…惣佑は指南してます)はとってもおいしそうです。

今と昔、どっちがよかったか、どっちが幸せな暮らしだったか、そんなことはわかるはずもありません。ただ、この本を読むとホンワカします。同じこの世に生きながら時代が違うことで会うこともなかった江戸の人たちの生活が身近に感じられます。