予に用なしだからって世に用なしとは限らない

こんにちは。BeBRAVE.Sビーブレイブエスの明正明美(みょうしょうあけみ)です。

昨日は朝から雨ふりでしたが、急速に天気が回復との予報がバッチリと当たり、昼前にはピカピカのお日様が出てきました。そして今日もよいお天気です。北陸地方のさくらも色づいてきました。さくらは日本の春を代表する風物で花見は日本の文化とも言えますが、ソメイヨシノというクローン樹の画一性が現代の日本という国や国民性をよく表しているようで面白いですね。

私はソメイヨシノの、群生する美しいけれども儚いイメージがあまり好きではなく、4月の終わりに咲く八重桜がさくらもちを思い起こさせるので大好きです。名前はわかりませんが、早くに咲く濃い色の桜もすきです。

きょうは、「役に立たない」について少しお話したいと思います。

定期購読している「母の友」4月号のコラム、数学研究者森田真生(もりたまさお)さんの”数をはぐくむ”のなかからの話題です。

江戸時代の儒教者は数学を「世に用なし」と批判していたそうです。明治時代の数学者高木貞治はこの批判に対し、耳が痛いと嘆きつつも、「世に用なし」は実は「予に用なし」ではないかと皮肉を言っているのです。役に立つも立たないも、結局は自分次第であると。

森田は小学生のころでんぐり返しが苦手で、こんなもの何の役に立つのかと不満を抱いていたそうです。小学生の長男も学校で、自分だけがでんぐり返しができず、浮かない顔をしていたため、ネットの動画を見てでんぐり返しの練習を家族みんなでしたところ、上手にできるようになり、すっかりでんぐり返しが面白くなった様子とのことである。

でんぐり返しのときに知った「背中を丸める」というコツは、親である森田もその後の生活の中で活かす機会があったそうです。何の役にも立たないと思っていたでんぐり返しは自分の身体の可能性を広げてくれる大切な動きの基本だった、このように森田は言います。

でんぐり返しに限らず、「予に用なし」と思っているもの・ことって、誰にでもあります。子どものやっていること、親のやっていること、パートナーのやっていること、世間の人が夢中になっていること…

高木貞治が指摘しているように、本当は「予に用なし」なのに、「世に用なし」としていることって実は多いのです。特に偉い人、上に立つ人などは…

その点、子どもたち(中学生、高校生ですね)の「数学なんて何の役に立つの?(役に立たないじゃないか!)」という言葉は、理解できない、わからない、だからつまらないが、→ 社会に出ても使わないじゃないか!に転嫁されています。それを真に受けて、「こんなこと、あんなことに役立つ」と証拠を見せるのも対応の一つですが(実際には役に立つどころか、数学の知識やスキルがないと困るのですが)、いくら役に立つことがわかってもマスターできなければつまらないのです。理解できるようにいろんな方法を試してみたらいいのです。わかるようになれば、役に立つかどうかなどどうでもよくなります。ゲームをするときに「役に立つかどうか」なんて考えないのと同じです。

「役に立たない」は「常識」と似ていて、時代や属するコミュニティ、「自分」によっていかようにも変わるのです。

他者の「役に立たない」もろもろはあたたかく見守っていきましょう!ということで終わります。

2023年度は明日で終りです。年度は人間をしばる窮屈な制度ですが、だらだらしがちな日常をちょっぴり引き締める効果もあります。あまり気にせず、ほどよい距離でこの制度と付き合っていきたいです。予に用なしと切り捨てたいのはやまやまですが、なんらかの働きはしているようですから…